『遺書。』

ねえ、死んじゃいたいって思うんだけどどうだろう。

バカじゃない? 冗談でもそんな事口にしないで。
冗談じゃないから口にしてるの。
ふざけないで! 不愉快!

ねえ、なんで無視するの? あたし何か悪い事言った?
あんたさ、お母さんから貰った命なんだと思ってんの? 沙耶、言ってたじゃん。沙耶のお母さんって沙耶を産む代わりに死んじゃったって。
うん。あっさり死んじゃったって。
だからなんでそう……! もういい、沙耶とはもうあたし話したくない。だからもう話しかけないで。

……ねえ、みーちゃん。佳代、怒っちゃった。もう、あたしと話したくないんだって。これって絶交かな。……絶交、だよね。うん? 大丈夫。ちょっと哀しかったけど、大丈夫だよ。「沙耶は強い子」だからね。
でもね、みーちゃん。死んじゃいたいって話は本当だよ。確かにママはあたしを産んで死んじゃったけど。けどね、あたし知ってるんだ。ママは死にたがってたの。あたし、覚えてる。嘘に聞こえるかもしれないけどね、本当にあたし、覚えてるんだ。
ママはいっつもあたしに話しかけてくれてたの。「ごめんね、ごめんね」って。「ママは綺麗なままで死にたいなぁ」ってもよく言ってた。「ごめんね、一緒に死んじゃおうか」って言って、高い所にのぼった事もあったよ。真っ赤でぶよぶよしててね、結構強い風が吹いてたけど、あたしは嫌いじゃなかったな。あそこ。
まるで此処みたいだった。太陽が傾いてて、強いけど優しい暖かい風が吹いてて、まるでこの屋上みたいだった。……ん、でもやっぱりもうちょっと高い所だったかもしんない。
それでね、ママ、泣いてたんだ。「ママに勇気があればいいのにね」って、そう言ってまた何回も「ごめんね」って繰り返した。なんでママがあんなに泣いてたのか、あたしにはわかんない。でもきっと、あたしのせいなんだろうなぁって、ぼんやり思ってた。だからあたし、ママのお腹、撫でてあげたのね。「ごめんね、ママ哀しませちゃってごめんね、辛い思いさせてごめんね」って何回も何回も、ママが泣く度にあたしは謝って撫でたよ。そのうちママってば、泣き疲れて寝ちゃうの。ふらふらしながらベッドに戻ってね、そのまますぅって。ふふっ、ね? おかしいでしょ? どっちが子供なんだかわかんないの。
ママはね、夢の中でも謝ってたんだと思う。あたしが夢を見てる時でも、いつもママの声が聞こえた。「ごめんね、ごめんね、ごめんね」。
あたしがね、「ママは悪くないよ、謝らなくていいんだよ」って一生懸命言ってもね、ママには聞こえなかったのかな……ずっと、あたしが生まれるまでずっと、ママは謝り続けたよ。一体何を謝ってたのかな……聞きたいけど、ママはもういない。
皆ね、ああ、パパは違うんだけど。取り合えず皆かな。例えばほら、佳代とか。あたしを産んでママが死んじゃった事を知ってる人。……あ、うーんとね、パパもその事は知ってるんだけど、パパには別な理由があるの。その事は、また後でお話したげるね。
皆は、ママが命をかけてあたしを産んだんだから、って言う。さっき佳代も同じ事言ってたよね。あたしね、それを聞く度にすっごくバカらしい気分になっちゃうの。だってさ、何も知らない人がよく知った風な口利けるなぁって思えて。
ママはね、あたしを利用したんだよ。ママを悪く言うつもりは無いけど、他の言葉が見つからないんだ。ママは、あたしを産む事で自殺したんだ。
だって、ね。バシィンって大きな音がして世界がグラグラって揺れた時、あたしは立ってられなくて思わずへその緒を握り締めたの。今だからこうして話せるけどね。あの時は本当必死だったな。訳わかんなくなっちゃって。あのさ、なんかの漫画であるじゃない? トラップが仕掛けてあって、それに引っかかると両側の壁が押し潰そうとして迫ってくる奴。あんな感じかなぁ。ぎゅうって身体中押し潰されてね、訳わかんなくて苦しくて、死んじゃうかもって思った。ママがいつも謝ってたのはこれの事だったのかな、っても思った。
その時ね、真っ白い人たちが何人もやってきて、何かをママに話し掛けるの。ママは叫んだ。あたしにはそれがはっきり聞こえた。
「絶対嫌よ! 私は死んでも嫌! 自分の身体に傷つけるなんて!」
……きっと帝王切開の事をいってたんじゃないかな。おばあちゃんがよく「馬鹿な子だよ……」ってママの写真に向かいながら泣いてたもの。
結局ママはあっさり死んじゃった。あたしは足を掴まれてギュゥオって引きずり出された。凄く眩しかった。真っ白だったよ。目なんか開けられない位。
きっとママは、この事を謝ってたんだね。あたしを、自分が死ぬ理由にするのをさ。これに気付いたのは本当に最近なの。ほんの二、三日前かな。それであたし、悟っちゃったんだ。上手に死んだら、哀しいだけで済む、って。
自殺って、首吊りとかしちゃったら思いきり自分が犯人です。自分でやりました。って言ってる様なもんじゃない?
ママがやった程上手くは出来ないだろうけど、あたしにも考えがある。
あははっ、みーちゃんは男の子だからよくわかんないかなぁ。
女の子はね、空を飛べるんだよ。
天気予報を見たら、強風波浪警報が出ていた。年に何回も見ない、黄色じゃなくて赤いマークだ。
佳代にあの話をしてから、みーちゃんに全部話してから、もう三ヶ月以上時は過ぎた。台風が接近しているらしい。このまま行けば、今日の夕方にはこの街を直撃するだろう。
あたしはいつも通り、鞄を持って学校に向かう。スカートの下にパニエを履いた。うちの学校の制服はセーラー襟のワンピースでここいらの学校じゃ一番可愛いと評判の仕様になってる。
あたし自身、この制服が着たくて難関私立と謳われたこの高校を受験したんだ。
その制服にパニエをあわせるとウエスト下がふんわりと上がって、裾が扇状に綺麗に広がる。風を受けるとレース部分が顔を出すから、校則違反ではあるけれど、一部の子たちは毎日履いて学校に行ってる。あたしは時々、履いたり履かなかったり。
変化のない淡々とした一日が過ぎる。お昼は佳代と教室で食べた。ジャムパンの中のイチゴの種よりも段々カタカタ言い始める、窓の方がずっと気になった。
「……生理?」
いきなり佳代が口を開いたものだから、あたしはビクッと身を強張らせ反射的に顎を引いた。それを勝手に肯定の意と受け取ったらしく、食事の場にそぐわない話を僅かに眉尻を下げた笑いを浮かべ飄々と佳代は続ける。
隣で一人黙々とお弁当を口にしていた男子が弁当を片付けて、あからさまに大袈裟な音を立てて席を立ったのを気にも止めずに佳代は話し続ける。あたしの心臓は、耳鳴りを起こす程大きな音を響かせていた。
なんでこうなんだろう。皆。
デリカシーのカケラもない人。
表立っては何も言わないくせに影で色々言う人。
いつまでも過去の事を嘆く人。
遠回しに人を傷つけて、それをなんとも思わない人。
人を傷つける事が、その人の為だと信じて疑わない人。
無関心、無視、放置、放置、放置、放置、放置。
世界は、まるで汚い。空にはスモッグがかかり、オゾン層は日々破壊されてる。人は汚い空気を吸って汚れた生き方をする。それで本人が満足ならそれでいいと思う。
あたしは、そんなの嫌だ。

「ママの気持ち、半分位だけど、わかった気がするの」
放課後の屋上はいつにも増して風が強かった。髪が攫われ頬にかかる。あたしは真っ白なウサギのぬいぐるみを胸にしっかりと抱しめた。
「ママはきっと、見た目の綺麗を選んで死んだんだよ。ね、みーちゃん」
ウサギのぬいぐるみは何も言わない。
「あたしは、気持ちが汚れないうちに、あっさり死んじゃうつもり」
錆びたフェンスは強風を受けてガタガタと揺れ動いていた。軽く蹴飛ばすと簡単に接続部分が弾き飛び、五階建ての校舎を一気に落ちていく。それを最後まで見届けてやる気なんか毛頭無い。
「みーちゃん、覚えてるかなぁ」
フェンスとフェンスの間の空間はママのいる世界へと続くゲート。
「女の子はね、空を飛べるんだよ」
ふわりと身体が軽くなった。パニエが風を含んで大きく膨らむ。何処かで誰かの声がした。みーちゃんは真っ赤な瞳で、最後まで何も言わずにあたしを見つめていた。

 

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