爪切り

「趣味のサイトの為にっていっても、絶対どうかしてる」
私の足の爪を切りながら、麻衣子はほとほと呆れた溜息を吐いた。
「そう。どうかしてる。でも私は、たった四枚の写真を、撮らなきゃなんない。その四枚の写真の為に、何百枚の写真を撮る事になっても。そうでなきゃ私は、『月島夢』を名乗る資格なんか無いんだって思うの」
パチン、と音を立てて、爪の欠片が飛ぶ。
百均で買った爪切りの荒いやすりも、偏った栄養でぼこぼこになった爪も、何一つ問題の無い事だった。
「別に有名でもないのに?」
「麻衣子が好きだって言ってくれてるよ」
「そりゃあ、夢の写真は、とても好きだけれども」
「それだけでなんか、十分すぎるんだよ。私が月島夢としていてもいいんだっていう理由は」
私はピアノ椅子に座ったまま、小さく肩を竦めた。
麻衣子は何も言わない。
何も言わないで、やすりで生じた細かい粉を、丁寧にティッシュでふき取った。
私の爪は見間違えるように綺麗な柔らかい四角形になっていた。
「じゃあ夢は、ネット上で誰かが好きだって言ってさえくれたら、それでいいの?」
細い指先が、ティッシュと爪の欠片を一緒くたにして丸めていく。
私は間を置かずに「うん」と言う。
麻衣子が首を振った。
「どうかしてる」
「知ってる」
麻衣子はゴミ箱へと向かい、私も椅子から離れてもう一度、三脚とカメラの位置を確認した。
遠隔でシャッターを切る為のリモコンが動作する事も念入りに見る。
「だけど私、こんな私のセルフポートレイトがさ。お金にもならない自虐なんだかオナニーなんだかわからない写真がさ、私のちっぽけなサイトを見てくれる誰かに好きだって言ってもらえるのが……なんていうんだろうね。ただ本当に、嬉しくて仕方ないんだ。うれしくて、ありがたくて、しかたないんだ」
麻衣子は何も言わなかった。
ただティッシュを捨てて、椅子の側面が見える位置の壁に背中を預けた。丁度、カメラを挟む形で、私を見ていた。
「だから私は、写真を撮るよ。作品にするよ」
カメラを確認して、リモコンを握った。手の平にじんわりと、汗をかいていた。
椅子へ向かう。今度は座らないで、上に立った。
今回の作品の構想は、三枚の連続写真。
シャッターは全て私が手動で切る、セルフポートレイト。
白いワンピース、裸足で椅子に立つ私。
フレーム内には下半身だけが写るように高さを調整するのに苦労した。
私の素足が思い切り、椅子を蹴り飛ばして飛び降りるのが二枚目。
首をくくった縄の圧迫と重力に、もがいてあがく三枚目。
最後に身を任せる、四枚目。
月島夢の十九年を込めた起承転結。
私は、その四枚を撮る為に生きた。
だからもし今夜この写真作品が、完成したら、完成してしまったら、どうなってしまうんだろう。
私は、月島夢は、どうなってしまうんだろう。
「死なないでよ」
「うん」
「死んだら許さない」
「その為に、麻衣子を呼んだんだ」
「私、夢に、バレンタインあげたじゃない。ホワイトデーもクッキーあげた」
「どっちもすっごい美味しかったよ」
「返事の前に死んだら、絶対に許さないから」
私は首に縄をかけたまま、思わず笑ってしまった。
「四月五日の麻衣子の誕生日、二人で祝おうね」
口を真っ直ぐに結んだ麻衣子の代わりなのか、遠くで踏切がカンカンと鳴リ始めた。
もうすぐ終電が、来る。

「ねえ、麻衣子。どうして切った後の爪は、あんなに不潔に見えるんだろう。さっきまで、体の一部だったのに」

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