イヴ

 私は、厳粛と言えば厳粛な、キリスト教徒の家庭で育ちました。
 ある程度名の知れた陶芸家である母は、私を初めて身籠り、夫婦を家族生活へと変更する事を強いられ、粘土に触れなくなったと言います。それは表現するという手段で男性と渡り合ってきた母にとって、わざわざ言葉にするまでもなく、言葉を奪われた体験なのでしょう。
 茫然と生活していた母を支えたものは、私が生まれてまもなく引っ越してしまった、親切な夫婦の言葉、つまりイエスの言葉だったといいます。
 生めよ増やせよ地に満ちよ。
 日曜の朝に洗濯物を干せば、穏やかな讃美歌の声が隣の庭から聞こえてきたそうです。
 耳にし、口ずさむようになり、それでも自ら門は叩けず。けれどもその歌声は、曰く「何も言えなくなってしまった」母にも、優しかったといいます。
 紆余曲折があり、母は洗礼を受けました。そこまでの経緯は私の口から語る事は、出来ないでしょう。
 当たり前のように私は幼稚園受験をして、幼稚舎から高校まで一貫教育のキリスト系の学校に入りました。これに関しても、何処がどう「当たり前のように」なのか、私の口からは説明できません。ただ、私の周囲にいた人は、皆がその進学を適切であり当然であると思っていたようです。だから私も当たり前のようにそれを受け入れ、讃美歌を歌い、聖書の一説を暗唱し、先生の教えに耳を傾けていたのでした。
 その二十年弱ほど当然だった私へ疑問を投げかけたのは、地方から大学に進学した、福井さんという同級生です。
 朗々として、快活で、高校時代は吹奏楽部でフルートを吹いていたそうです。
 新一年生を「さしすせそ」と「なにぬねの」の間で強引に分けたクラス分けで、私は彼女と同じ、「なにぬねの」以降のクラスに配属されました。
 もう一人、彼女には「宮城」という友人がいました。寡黙で頭の回転が速く、切れ長な目と長い黒髪がどことなく近寄りがたい雰囲気を出す方でした。
 福井さんと宮城さんは、五十音順に並べられたオリエンテーション期間中ずっと、隣り合わせだったといいます。
 いつしか私たちはよく、三人で行動を共にするようになっていました。
 宮城さんはいつもメビウスを吸っていて、黒い瞳で何処か遠くを眺めていました。
「雪の音を探してるの」
 尋ねれば彼女は抑揚の無い口調で呟き、夏でも黙り込むのでした。
 私たちはよく学校近くの寂れた喫茶店の一番奥のテーブル席に座って、言葉を交わし、レポートを書き、争い、そして笑います。
 それは入学からおおよそ二ヶ月経つ今日も変わりません。
 私たちはカーディガンを脱ぎ、半袖のワンピースを風にひらめかせていました。
 五月病と気の早い夏バテが宮城さんを襲う頃、逆に福井さんは日増しにそのえくぼから放つ光を強めていった気がしてます。それはそれは対照的で、まるで福井さんが宮城さんの活力を吸収しているようでした。そして私はさながら、月の光を浴びて二酸化炭素を吸い込み、太陽の光を浴びて光合成をする、植物のようだったと我ながら思うのです。
 その頃から、福井さんが呈する話題の中に、とある男性名が増えていったような気がします。
 彼女には進学という同様の理由で上京してきた兄がいて、出会って間もない頃からしばしばその「お兄ちゃん」という存在を耳にする事はありました。とても、とても仲が良い兄妹らしく、それは高校の国語の教科書に載っていた妹へ向けて詠んだ恋文を想起させました。あくまでわたしの「想起」であり、かのような事実はありません。しかし、福井さんが口にする「お兄ちゃん」という言葉には、どうにも私がそれまでに身につけてきた価値観の定規では測りきれないものがあったのです。
 その「お兄ちゃん」の回数が、夏が近づくにつれて徐々に別の男性名へと移り変わってきたような気がします。
 桜花が落ちるようでした。朝顔が伸びるようでした。
 楽しげに、嬉しげに、はにかみながら彼女は、その初めての男性という生き物についていくつも言葉を重ねるのでした。
 私はそんな福井さんを、とても遠くから、まるで切り立った崖の対岸から、黙って眺めているような気持ちになるのでした。
 ある日、福井さんがトイレに立ち、私は宮城さんと二人きりになった事があります。
 先にレポートを終わらせてしまっていた彼女は、吸いこんだ白い煙を吐き出して、ふと事も無げに言ったのです。
「いいの?」
 そう、一言だけ。
 私は首を傾げました。
 はて。
「見ていて苛々する」
 彼女は淡々と、その言葉よりずっと興味無さそうに続けます。
「何が?」
「あなたが」
「どうして」
「言わせるの?」
 しんとした空気が、お腹の底に溜まっていくようでした。
 外部の喧噪にまるでフィルターを介したように、まるでテレビでも眺めているかのように、靄がかかっていくのでした。
 それは私がとても、ネガティブであることの象徴だったのだと思っています。
 だって先生。私のお腹の底には、これをこうして懺悔している今でさえ、未だにその冷たく重い空気が詰まっているのです。
 産めよ、増やせよ、地を満たせ。
 多くの情報が流れても、多くの価値観が移り変わっていっても、私の根底にあるのは結局その言葉でした。今も、何一つ変わりません。
「まるで光に向かう虫」
 そういって宮城さんは、煙草を灰皿に押し付けました。
 光に向かう虫。
 そうなのかもしれません。
 でも私はきっと、目指した光が弱くなる度に別の光を探すような生き方は、根底で出来ないのだと思うんです。
 流行の音楽の様に、真夏のワンピースの様に、追いかける先を変えられたなら、どんなに幸せだったのかしら。
 宮城さんが執拗に押し付けた煙草が擦り切れて、福井さんがトイレから戻ってきました。
 相変わらず人を惹き付ける笑顔を携えて、なんだか混んでたよ、なんて言いながら。
 私はただただそれを眺めて、誘われたように口許を綻ばせるのでした。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です