失楽園

 私は、厳粛と言えば厳粛な、キリスト教徒の家庭で育ちました。
 エレベーター式に大学に入り、就職活動をして、とある会社の事務に内定を貰い、入社して、そこで同期の男性と恋愛をし、結婚をし、苗字は三吉から遠野にかわり、一人の娘を授かりました。
 それはこのように記述するととても平坦で、平凡で、数行程度にしかならない半生です。
 それでも、私は「産めよ、増やせよ」という教えの通り、一人ですが娘を産む事が出来ました。
 景気も家計も厳しく、私が妊娠中あまりにもつわりが酷かった為に、二人目はもう少し考えようと、夫と話し合いました。
 娘は順調に成長していき、おてんばで、おしゃまで、内気な私よりも、快活な父親によく似たようです。その目鼻立ちに、なんとなく、鏡に映る夫の面影に似たものを見つけて、私は目を反らします。
 結婚は、不愉快ではありません。今はとても幸せです。
 それを本心から延べられる程度に、私は大人になったのでしょう。
 日曜日にこうして、礼拝の後、懺悔室に入る回数も減り、時間も短くなっていったのは、何を隠そう、イエス様、あなたが一番、ご存じのはずです。
 ただ私は、最近――
「ねーえー、お母さん、まだー?」
 娘の声に、蝋燭の明かりしかない狭い部屋で、覆っていた顔を上げました。
「まーだー?」
 私は、ほほえみ、イエス様に別れを告げ、外に出ました。
 懺悔室の外といっても教会の中で、それでも、天窓から差し込む秋の光が温かく、眩しく、私は目を細めます。木々の香りと、綺麗な木板の床。しんとした礼拝堂をスリッパで歩き出せばきしりと、冷たい空気が一瞬足元をさらっていった気がしました。
「私が、どれだけ待ったと思っているの?」
「ごめんね、愛菜」
 ふんぷん、と自分で言葉にする娘を宥めて、時計を見ると、十五分しか経っていませんでした。
 この十五分を「しか」と呼んでしまうのは、神様、私が大人になってしまったからですか?

「お母さん、私、お母さんの心理を占ってあげる」
 愛菜は現在単身赴任中の夫との間に、私が授かったたった一人の娘です。
 小学四年生になるまで、大した病気もせず、運動よりは勉強の方がまだ得意な、普通の女の子です。私と夫それぞれの両親にとって本当に「初の孫」で、その愛情をめいっぱい飲み込んで、生きています。家族中も良好で、専業主婦の私が手持無沙汰になると、こうして最近の流行り事や、占いや、トランプを教えてくれます。
「まずね、私はって、十回言って」
「わたしは?」
「うん、私は」
「私は、私は、私は……」
「違うの!私は、愛菜のお母さんです、とか、そういうのでいうの」
 数え切れなかった薬指と小指が、些か意味を把握しきれなくて、戸惑っていました。
「私は、女です、とか?」
「そうそう。あとは、今年36歳になります、とか、なんでもいいから、十個いって」
「急に、難しいなぁ…ええと、私は、遠野めぐみです。私は、今、35歳です。私は、愛菜のお母さんです……」
 ふと、何も、言えなくなりました。
 お母さんとはなんなのでしょうか。
 私は愛菜を確かに産み、育てました。こうして一緒に遊び、お風呂に入り、笑い、時には叱ります。でも、それだけなら、私じゃない他人でも、出来るじゃないですか。
 私は遠野めぐみです。
 今、35歳です。
 私は、愛菜の母親です。
 母とは、一体、どういうものなのですか。
「お母さん?」
 私の目からはいつの間にか、涙が落ちてきていました
 そして、両手を目いっぱい伸ばし、娘を抱きしめていました。
「ごめんね。おかあさん、それのトリック知っているよ」
 私は精一杯の嘘をついて、愛菜を抱きしめました。

『女は生まれながらにして女なのではない。女は、女になるのである』

 ふわりと、羽毛が天から降りてきたように、ひとつの言葉が頭に響き渡りました。
 続くようにして、思い出も蘇ってきました。
 大学時代にいつも一緒にいるほど仲が良かった、福島さんと、宮城さんと、一緒に受けたコミュニケーション理論の授業。
 私は、女です。生物的構造の上、女です。
 でも、あの時一歩だけ踏み出したら、女にならないという方法と比較する事も、出来たのかもしれません。
 でも今、私は女です。そして愛梨の母親です。
 女とはなんですか。母とはなんですか。
 性別にはなんの意味があるのですか。
 父とはなんですか。私の夫は愛梨の父親ですが、本当に父なのですか。
 女はどうしたら、母になれますか。
 私はどうしたら、母になれますか。
 神様、私は、今度こそ、愛梨の母に、なりたいのです。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です