エネルギーボールの蜜月(1/4) 森央未土

エネルギーボールを拾った。
帰省した実家の庭先でのことだった。
空気との境目で緑色に燃えたち、周囲の植物と色合いを重ねている。保護色のようだったが、エナメル質も湛えているためぼんやりと目視もできる。
両手で持ち上げると柔らかい感触がした。胸に抱えると明滅し、今度は僕の服の色に同化する。
これはなんだ? と思った。不可解な想いが巡り、次に恐怖が背筋を伝った。しばらく手に持ってみたが今のところ害はない。葛藤の末に好奇心が勝り、僕は観察してみたい気持ちに駆られる。
一定の質量を持っていて保護色を用いている。このことから光と呼ぶよりは生物的なもののようだ。
不思議と熱さはなかった。掌とエネルギーボールの間に見えないクッションが存在しているような奇妙な感覚だった。『磁界』や『気』の類なのかとあたりをつけたが、僕は確証をもてる知識を備えていない。どうすればよいかわからず立ちすくみ、所在を失くす。
「エネルギーボールか……」
思えば、細かい知識のみならず、だいたいの用途さえも僕は知らない。
ぶつければよいのだろうか。それとも何かに与えるための糧なのだろうか。
短い人生を生きた中で僕はこの球についてよく知ろうとしてこなかったことを悔やんだ。
こうしている間にも見えない事態が進んでいるのかもしれない。
手遅れになるまえに何らかのコミュニケーションが必要だという結論に至る。まずは一緒に歩くのが良い気がする。
僕はエネルギーボールを抱えて歩き出す。
歩を進めるごとに微かに、徐々にではあるが、球は先ほどよりも光沢を帯びていった。色の変化のみならず、重さも取り戻しているようであった。弱っていたものが回復しているのだろうか。本来の形状が膨大なものだったら手におえないが、悪い方には転ばない予感があった。
僕が持ち歩くことでエネルギーボールが何らかの回復をしているというなら、宿主と寄生体の関係性が描ける。この球が良い状態に進んでいるとしたら、飼い犬が主人をかみ殺すことはないように、僕の身柄も安全なはずである。体調も悪くないので良好な関係といえる。
住宅街の合間を縫って歩くうちに、涼しげな公園が見えてきた。背の高い木々やブランコなどの遊具が夕焼けの光をうけて影を伸ばしている。子供達の声が住宅街に反響していて微笑ましい。
だが徐々に異変が起きていることに僕は気づく。公園に近づくにつれて、空気が冷えていくのを感じる。
微かにこだましていた子供の喧噪が急に静かになっていったのである。
ラジオのスイッチが切れるように、声がすうと途絶え、音の落差が余韻となっている。
バタ、と重い音が聞こえた。公園の外周にいた僕には子供達が倒れるのが見えていた。
広場でボール遊びをしていたものは地面に尻をつけ、膝をたわめて項垂れていた。滑り台にいたものは仰向けのまま棺桶に入るときの〈気をつけ〉の姿勢で納まっている。
僕は心配し、駆け寄ろうとした。だがすぐに思い立ち、原因はこのエネルギーボールだろうとあたりをつける。走って子供たちから遠ざかる。100メートルほど離れ、廃ビルの裏手の駐車場脇にエネルギーボールを置く。誰かにとられませんように、と願掛けをしながら僕はエネルギーボールから離れる。
手ぶらのまま公園に戻ると、子供たちが回復を始めていた。きょとんとした表情には得体の知れない現象への恐怖感が滲みでていた。
「大丈夫か」
僕が声をかけると冷静な子供が状況の説明をしてくれる。
「急に具合が悪くなって、みんなで倒れちゃったんです。貧血のときみたいだって」
「歩けない子はいないか? こういうときは我慢しないで言えよ」
おとなしい子供も話しやすいように、リーダー格の子供にそれぞれの状態を確かめるよう促す。
「体がだるいだけで。今は歩けそうです」
「そうか。じゃあ今日はもう帰った方がいい」
僕は遠くの工場の悪い排気が流れてきたのかもしれないと説明し、子供達を家に帰させた。いたずらな恐怖を与えてしまったが致し方ない。
先ほどエネルギーボールを置いた駐車場の隅に戻る。誰かに見られるとまずいので本格的に場所を変える。二つの建物の間、暗く湿り気のある空間に入り込む。さすがにここまでくれば人気の心配はない。
エネルギーボールは暗がりの中で明滅している。とんとん、と等間隔に光る。
「なあ、お前。いったいどうすればいいんだ? 俺にどうしてほしいんだ」
語りかけると、明滅のパターンが変わった気がした。猫と話をするときのような反応に似ていた。適切に反応をしてくれるわけではなく、一方のはずなのに、語りかけになっているから会話が成立している。
自立した存在なのかもしれないという予感さえ芽生えてくる。
「君は存在なのか? 」
尋ねると明滅が止み、風のうねりのような震えに変わった。やがてそれは、『弱・扇風機』のような振動に変わる。
コミュニケーションの兆しだった。僕は喉を湿らせるためバックからボトルを取り出す。
ボールの振動が強くなる。
勝手な解釈かもしれないが、何かをねだっているようにも見えた。
ボトルの水を差し出すと球体は蠕動し、5センチほどの触手のようなものを伸ばした。触手は雨を受け取る葉のように平たくひろがり、僕の身体の前で停止する。
その光の縁どりが消えてしまわないか危惧しながら、水分を一滴ずつ垂らしてゆく。慎重に、少しずつ零すとエネルギー体の表面が油膜のようなものに変わる。
補給しているのだ、と僕は理解する。
そのままゆっくりと時間をかけて僕はボトル一本分の水分をさしだし、エネルギーボールはボトルの残りを飲みほす。水分だけでは満足ではないようで、もっと養分が必要なのだろうと確信する。
僕はエネルギーボールのために食料を買い込むことにする。

エネルギーボールを自室に持ち込み、養分をあたえる日が続いた。
彼は(彼女は?)人間の食べ物を吸収し、体積を拡げ、自室に置いてあるバランスボール大にまで膨れ上がった。初めは家族に咎められるか不安だったが、もともと部屋に置いてあったバランスボールを押し入れにしまうと見分けがつかないようだった。
バランスボールを置いてあって良かった、と僕は安堵する。
エネルギーボールは一定の大きさで膨らむのをやめ、質量を帯び始めた。あいかわらず弱・扇風機のような蠕動で、なんらかのコミュニケーションを図っているようであったが、それが何を意味するのかを知るすべはなかった。僕は淡々と買ってきた食料や晩御飯の残りなどを与え続けることにした。変化がみられたのは拾ってから五日後の朝だった。
『gwベgダ』
蠕動が絞り上げるようにわなないていた。『gレウpgc』やはりコミュニケーションだったのだ。直感を信じて食料を与えておいたのは正解だったのだ。
拾った当初は、わけがわからないという理由で、何もしないままドブに捨てることも考えていたのだ。だが好奇心に従うことは良い方向に転びやすいことを僕は知っている。
『gwrefyニャg』
「君は存在だったんだな」
僕はエネルギーボールに声を返す。帰ってくるわななきが少しずつ意味を帯びているような気配を感じる。
意志の疎通が可能になったのは七日目の夕方のことだった。エネルギーボールは電子的な音声で僕に礼をいった。
『エネルギーをカンシャ。クレタので』
「礼を言われるほどのことでもないさ。食べ物なら不足してない」
『だが、レンサのホショクは限り』
まだ文法を理解していない節があったが、彼の言わんとすることはわかった。捕食をするという行為が限りあるものであることを知っているのだろう。聡明なエネルギー体である。だが僕の住む国は長い歴史の中において平穏な時代の中にあった。人間の生息数とそれを維持する食料とのバランスをうまく調整できていたのだ。そういった事情を説明すると、彼は感心したように蠕動した。
『空に帰らねばならない。その前に、ダガ、したい、レイ、ところだ』
「そうだな」
僕は幾分か悩んだ。礼と言われても、頼まれる側は相手のできることしかお返しを望めない。僕はエネルギーボールの用途を知らない。
「まずは互いに会話するとこから始めようじゃないか」
エネルギーボールは不服そうに委縮する。どうやら義理を重んじる性格らしい。
「じゃあこうしよう。僕は話し相手が欲しかった。君は僕と話をする。面白い話を聞かせてくれるなら僕は満たされる。それで君が満足しないなら、後で君なりの礼をくれればいい」
咄嗟に思いついたものだが、なかなか良い折衷案だった。エネルギーボールはしぶしぶ僕の提案を受け入れエネルギーを蓄えることに専念した。
その日から彼(彼女?)はすばらしい学習能力で言葉を身に着けた。並行して身の上のことも話してくれた。
どうやら〈空〉を流れていたら、エネルギーが尽きてしまい、この星におち着いたのだという。衰弱したばあいは約ひと月で消滅する手はずになっていたものを、僕に助けられたのだと説明した。
『サガシテいる、方法ための帰る』
「その場所はどこだい?惑星か、それとも別の概念なのか」
『うち』
話をしているうちに僕は彼(彼女?)のことについて様々な推測を立てれるようになってきた。電磁波的な反響によって脳波から質感的な情報を引出し、意味内容と音素を融合させている。
つまりは頭の中を震わせて会話をしている。
あとは、意外と冗談が好きなのかもしれない、とも。
「だが帰るための方法にたどり着くには、いくつかの過程が必用だと思う。それについて心当たりはあるのか?」
『大量に必用なのは熱量。この姿、熱量を摂取できない、効率。環境に適応した所望するのは、肉体』
どうやら軌道に戻るためのエネルギーを必要としているらしい。なんのことはない単純な話だった。聞くところによると滑走の際に空との摩擦によってひどく消耗してしまうという。
だからといって先日のような、道端の子供から吸い取るようなことをされるのは非常に困る。
そんな危惧をよそに、エネルギーボールはやたらと子供から熱量を吸い取ろうとしていった。弁当を差し出しても食べはするのだが、子供からエネルギーを吸い取るのを辞めようとしない。
その理由を何度か尋ねてみたが、彼自身もよくわからないようだった。そもそも、僕の脳から反響的に言葉を学習しているため、コミュニケーションが彼自身の身になっていない。
僕の脳みそから言葉を拾い集め、会話の真似をしてはいるものの、実際に地球上のものの区別ができていないのである。
大人と子供との差を教えても、良いエネルギーを吸い取れるか否か、という判断しかできないようで、子供が弱く庇護される存在であるという認識にまで至らないのだ。
僕は辛抱強くエネルギーボールに地球を生きる上でのルールを教え込むことにした。
幸いな(不幸な?)ことに、僕の家は公園に近いため、子供を通じて実験をすることができた。エネルギーボールが吸い取る範囲、量などをある程度観測し、どの程度吸い取れば子供が倒れるのかを測ってみた。
関係のない子供を巻き込むのは不本意なことだったが、大きな被害を防ぐために実験を行うのは致し方ないと僕は考える。
「一人から少しずつ吸い取るんだ。ばれない程度に。そうすれば誰かを傷つけることはない」
『傷つけるとどうなるのですか』
「鳥を殺すと卵はでてこなくなる」
『なるほど』
エネルギーボールは言葉も覚束ないのに、思考回路は発達しているようだった。
僕は与えた食料のカロリーを計算したり、子供から奪ったエネルギーで彼が活動できる時間などをメモにとって比較をすることにした。すると、彼の摂取するものにばらつきがあることが判明する。
熱量などの単純なエネルギーだけでなく、もっと複雑な経路を経ているようなのである。同じカロリーの食事でも彼の活動時間が大きく異なる場合があるのである。人間のカロリーもまた日ごとの消費量で変動するものだから、誤差の範疇とも考えたが、宇宙生命を人間の物差しで測るのはよろしくない。
その誤差に関して彼に質問すると相当する理由を二日ほどかけて答えてくれた。
『感情ですかね』
「感情?」
『はい。少々説明しずらいのですが、例えばこのお弁当には食堂のおばちゃんの年季の入った感情が籠っています。自らの職務に忠実な、働く女性の温もりが凝縮されています。反面、あなたが適当に残り物のご飯で握ったおにぎりは冷徹な実験の眼差しばかりで構成されています。この場合は前者の方がエネルギー総量は大きくなります』
「要するに、君はやる気で動くってことか」
『私は生物の持つ想いを受けて動きます』
「そんな馬鹿な……」
僕は思った。
感情がエネルギーに変わるのは不可解な話だ。しかし本人がいうのだから間違いないだろう。僕は事実をありのままに受け止めながらその応用を考えてみる。
「じゃあ僕が君に何かしかの感情を持てばエネルギーになるということなのか? 」
『そうですね』
「どんな感情を持てばいいのだろう」
『強い感情を持ってくれればいいですね』
しばしの間、感情を持とうとがんばってみたが、この球体に対して好奇心以上のものは持てないようだった。
「君は姿を変えることはできるか」僕は冗談めかして聞いた。エネルギーボールに頼るという形になるが、形が変われば見方も変わるのだろうと考えたのだ。水を与える時、掌状に変形していた前例もある。
『ある程度なら可能です』
「それなら少しだけ人間の形を模してみてくれないだろうか」
『いいですよ』
そのすんなりとした一言に僕は驚いた。そんな簡単に変われるものなのか。僕の驚きに呼応したのかエネルギーボールはびくん、と痙攣した。
『いまのあなたの驚いた様子はとてもおいしかったです』
どうやら感情エネルギーという奴も脳を通じてダイレクトに得るものらしい。子供のときの例を思い出し便利な摂取だなと感心する。
「そうか。僕もある種の感動で満たされているよ」
エネルギーボールに何らかの感情を抱くのもおかしな話だった。
しかし今では彼(彼女?)は球体ではなく可塑的存在なのだった。確かに球という姿が原初状態、粒子の概念の比喩ならば姿を変えるという能力にも頷ける。
『どのような人間がいいですか? 』
「そうだな。家族として認識するには血縁がなければならないので、難しい。友情は時間が必要だ。擬似的な恋愛感情ならば可能かもしれない」
まじめに考えて僕はいった。
『そうなのですか? 』
僕は軽くうなずいてみせる。
「家族愛や友愛はなにかしらの親近感がないといけない。でも恋愛感情ならば性欲で変わりが効く。君が美しい存在に変われば、少なくとも僕はその美しさに感慨を抱くだろう」
『あなたは欲望に忠実な人ですね。あるいはケダモノなのかもしれません』
「まあそうだけど。いったい、どこでそんな言葉を覚えてくるんだ」
『食堂のおばちゃんの弁当から流れ込んできたのです』
さすがはおばちゃんである。どの世界にいても含蓄が深い。
「まあいいさ。面白ければなんでも」
「そうですか」
そうしてエネルギーボールは変体を始めた。
ぶぶぶぶぶと鳴動し球体をたわめる。
どこか困惑しているようにもみえた。変化するということに躊躇っているのかもしれなかった。思わず愛でてやりたくなり僕は表面を撫でる。すると意図を察したのか、彼は形状を小さい球状に縮める。
僕は彼を両腕に抱えて、ぶぶぶぶぶと振動する彼を宥める。
震えを、抑えているようでもある。
壁に背を預けて腰をおろし、膝の間に彼を挟める。この球を少女に置き換えるとすれば、膝の上で抱いている状態になるので、微笑ましい日常の情景といえるだろう。
『小さい存在ですか。それが良いのですか』
僕が『少女』と連想したもの脳波から読み取ったらしい。以前からエネルギーボールは頭の中で会話をしている節があったが、最近になって言葉を発せずとも汲み取るようになってしまった。
『熱量増加行動の模範としての学習こそが私の欲するものなのでしょう。
ところで、いつまでに変体を終えればいいですか』
「いつでもいいよ。楽なほうで。ゆっくりでもいい 」
何をいっているのかよくわからなかったので僕は適当に返事をする。根本的にシステムを造るということに興味があるということなのだろうか。エネルギーボールの考えることはさすがに理解に苦しむ。
『ありがとうございます』
「かしこまらなくていいよ」
僕は変わろうとがんばる球体を名残惜しむように撫でた。彼(彼女?)の幼年期の時間が終わりつつある、寂しさがあった。せめて今は球体と過ごす時間をできるだけ良いものにしたい。そんなことを思った。

『小さい存在といいましたがどのような姿がいいのですか。具体的に念じてください』
エネルギーボールの変体は少し難航しているようだった。
球体の変化そのものはおそろしく早く、精巧な粘土技術士が輪郭を形成するようにペタペタを形をかえる。だが生の肉を精巧に再現するというのはひどく難しいことらしく、時間がかかるようだった。
「親近感がもてる姿がいいな。あまり綺麗だと居心地がわるい」
僕は答えた。
『じゃあ妹ということにしましょう』
「それじゃあ感情は与えられないよ」
『どういうことですか』
僕は家族同士ではそういう感情は抱けないのだと説明する。
「そういうルールなんだよ」
『なるほど……遺伝子が関わっているのですね。それなら他人のほうがいいですね。どういった姿が好みですか? 』
エネルギーボールは触手を伸ばし僕のPCを操作する。エロ画像のフォルダを開き〈体型〉や〈顔の形〉について尋ねてきた。
「いや、そういう問題でもないんだ」
『何故ですか? 』
「人が人に抱く感情は、姿や形だけじゃないんだよ」
『しかし、性欲とはそういうものではないのですか?』
「君は弁当から感情を読み取れるのに、肝心なところはまだ甘いんだな……」
『男の人はどうせ顔なのでしょう』
どうやらお惣菜コーナーの弁当ばかり食べさせたのがよくなかったらしい。エネルギーボールは食べ物と一緒に感情を食べていたが、お惣菜ばかりだと
やはりそこで働くおばちゃんの思考をもとに学習してしまうようだ。
「うまく説明できないから、今から僕のエネルギーを吸い取ってくれないか」
『エネルギーをあまりに吸ってしまえば倒れてしまうかもしれません。あなたが、食べ物に感情を込めてくれれば読み取れますが……』
「こういうときは直に吸収するほうがいいもんだよ」
『アバウトなんですね』
「君には言われたくない」
エネルギーや感情や摂取がどのようなシステムなのかが僕にはもうわからなくなってしまっていた。よく僕の感情を摂取しているとはいうが〈鳥を殺せば卵がなくなること〉を彼は忠実に遂行しているらしく、僕が衰弱することはない。しかしそれで彼の養分が足りないのならば、一度思い切って身体を張ってみるしかない。
「それとも僕が大人だから吸収できない? 」
『いえ……私が子供を選んだのは感情がわかりやすく放出されていたからです。今のあなたには同じくらいの感情があります。先日、受け取ったものと同じくらいの感情エネルギーが、今のあなたからは泉のように湧き上がっています』
「じゃあ安心だ。吸い取ってくれて構わない」
『わかりました……。ですが、何故、安心なのですか?』
「僕が君の役に立てないんじゃいかって心配してたからだよ」
『よく、わかりませんが……あなたがそういうならば、私も安心します』
エネルギーボールは極細の触手を伸ばし僕の頭に接続する。
養分とする感情エネルギーは、ある程度なら遠くからでも摂取することができるという。眼に見えない程度の小さな糸を伸ばし、対象に触れることで養分を得る。
しかし今行っていることは、僕の深奥に接続する行為なのだという。感情の奥深くにある鉱脈に直接触れることで膨大なエネルギーを得る。
エネルギーボールに養分を与えるにはより質の高い感情が必要だ。
感情を抱くために僕はエネルギーボールを人間にすることを提案した。手っ取り早い方法で感情エネルギーを生み出すには、彼が美しい存在に変わればいいという論理だった。
よくよく考えれば依存に似ている。僕は内心で苦笑する。
エネルギーボールは僕の内奥にあるイマジネーションを読み取る。カロリーとともに感情を摂取する。呼応するようにぶぶぶぶぶと身体を震わせ変成してゆく。
『流れ込んできます……。これがあなたの望むイデア(理想)なのですね』
イデアとは感情を震わせる根幹を指すのだろう。
僕の感情が増幅すれば、彼の得る養分もまた増加する。考えてみれば、これは恐ろしいことだった。ただそれは未知に恐怖しているだけであって死を感じているわけではないのだ。過ごした時間は短いものだったが僕はエネルギーボールを信用していた。
こうして彼は僕の内面のイデアを掬い取り、反映させ、少女の姿に形を変えていく。
いよいよ本格的に、震え、明滅し、痙攣を始める。
明滅していた色合いは、初めは光にすかしたセロファンのように角度によってばらつきがあって、節操がなかった。
球体からは四肢がばらばらに伸び、臓物が零れては引っ込んでいく。人体のパーツを生やすのでは上手くバランスが取れないと思ったのか、今度は球体の中に胚を作り出す。
胚は4つに別れ16に別れ乗数的に成長していく。巨大な卵細胞が変化するのを目の当たりにする。
エネルギーボールの中心に赤子が生まれる。球体はゼリー状の質感で赤子を包み込み栄養を送る。赤子は栄養を受けてみるみるうちに成長する。
人間の成長速度ではない。
見た目や質感は完全に生物のものだったが、その生物には顔がない。遺伝子がない造られた存在なのだから当然だろう。
ゼリー状の球体の中で少女と認識できるレベルにまで輪郭が作られる。
四肢や胴体の発達に合わせて、髪も伸びていく。黒く長い髪はうまく調整できないのか、腰よりも伸び、身長をゆうに超える。
能面のような顔ができ、その表面がぼじゅぼじゅと泡立つ。
そこから細部が形作られる。
憎悪のようなあるいは泣き笑いのような形が現れては消えていく。激しい慈しみのような、あるいは憐れむような。そんな表情を幾度となく示しては消してゆく。
やがて探し物を見つけたように顔が定着する。
エネルギーボール本体であろうゼリー状の液体が少女の肉体に吸い込まれる。そこには先ほどまでエネルギーボールだった名残はない。
できあがった少女が一糸まとわぬ姿でぺたりと立ち上がる。黒髪が十二単のように床に零れている。
嬉しそうなしぐさで覚束なく微笑む。
「維持質量が足りなかったから、ちぶさだけは再現できませんでした」
少女は微笑みをぎこちなく(・・・・・)保ちながらいった。
「そこはがっかりするところじゃない」
「これから大きくなるようにがんばります」
彼女は練習のつもりなのか、がっかりした仕草をする。人間的な感情表現を得始めているのだろう。
「心は動きましたか? 」
エネルギーボール(かつてそうだった少女)は確かめるように上目使いで問いかけた。僕の膝の上に乗っていたので、互いに密着し向き合う姿勢になっている。
「心が動いているかはわからないが、今はただ驚いている。指先が震えているほどだ」
「……あなたの感情の揺らぎはとても潤沢なものでした」
「そうなのか」
「ええ」
思いの外動揺していて、言葉につまずいていた。
「落ち着きましょう」
少女は立ち上がり冷蔵庫に向かう。その途中で膝を崩してしまう。
「私もまだ歩くことになれていないようですね」
「無理はするなよ」
「いえ。少し珈琲を取るだけですから」
細い指を冷蔵庫の戸に掛けるが、力が入らず開けられないようだった。僕は自分の片方の手で彼女の肩を支え、もう片方の手で冷蔵庫を開けてあげる。
『ありがとうございます。珈琲は私が』
少女は両手で危うげに珈琲の缶をはさみ、華奢な腕を振るわせながら僕に差し出す。
「ありがとう」
僕はなるべく落ち着きを取り戻し、プルタブを開け珈琲を啜る。
「飲むかい? 」
『ではいただきます』
缶を差出し、彼女がむせ返らないように角度を調整して飲ませる。少女はまだ両手の使い方が分からないので、なすがままに珈琲を嚥下する。
『たしかに、あなたの言った通り、この感情は良いものですね』
少女は再び表情を作り僕に向ける。今度は屈託のない微笑み。それはあえて作り出したものなのか、彼女の本心なのか。
鳥か卵か。どちらが先なのか。僕は疑問に思ったが、その感情はすぐに消えた。今は探究心よりも感情が勝っていたのだ。素直に嬉しさに身を委ねていたかった。
現実の人間もまた意図的に感情を造りだせる。本心でない表現が可能である。
それならばエネルギーボールである彼女が作り出した感情もまた真実なのだろう。
おそらくはこの時が分水嶺だったのだろう。
そんなつもりはなかったのに。
人間になろうとする姿が、あまりにも人間らしかった。
僕はエネルギーボールに恋をしていた。

 

続く

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