海に抱かれる

 五千円でも安いくらいだわと美里が強引に押し付けてきたCD-R。
 データにされた作詞作曲演奏独唱全部美里の歌。
 取り敢えずプレイヤーに入れて、取り敢えず聞いてみる。幼い頃に住んでいた都会の喧騒に良く似てる、どこかで聞いたことがある気がするメロディ。泥と油と洗剤まみれのバーベキューの鉄板の上に投げ捨てたみたいな、陳腐で下劣でありきたりな、歌詞というより単語。
 ――ねえ、帰ってきたら教えてほしいの、私に一番に教えてほしいの――
 二十三時を回り、ベッドに横たわったまま目を瞑りながら一トラックだけ聞いた。私はまるで尻尾を踏まれたままの犬の様に(別に鳴き声だとか咆哮だとかは上げなかったものの)毛布を蹴飛ばし身を起こす。流石に歯が浮く。耐え兼ねる。
 いくら音量を下げたところで枕元から発される空気の振動を受け止め続けるには、いささか気分が下がりすぎていた。停止も押さずにコンポの電源を直接落とした。明かりを無くした部屋からはエレキトリックに肌を刺すざわめきも消え、コンボの隣、スタンドライトの光だけが無言で私と対峙する。その白く冷たい光すらなんだか鬱陶しく思えてきて、右手を伸ばし頭を鷲掴むとグイ、とそいつを俯かせてやった。それから、しまった下げすぎたと思って、僅かにしゃくってやる。少しだけ部屋の明るさが戻る。瞬きをする度に瞼の裏で音符と歌詞が喧嘩をし、火花を散らしあっていた。
 美里は私の双子の姉だ。ただ、形の上で私たちは「年子」という事になっている。
 美里は四月一日生まれ、私は午前零時をまたぎ四月二日に生まれた。難産にもかかわらず「身体に傷をつけたくない」という理由で、母は頑なに帝王切開を拒んだ。自らの生命を危険にさらしてまで己の「美」に固執した彼女は、十九時間と三十二分の苦痛の末に私たちを産み落とし、姉には「美里」、妹には「里美」と名前を残して昏睡状態へと陥って、案外呆気無く死んでしまった。
 運命の悪戯だ、神様の陰謀だ、なんてシニカルで滑稽な話だ、と、父以外の大人たちは私たち姉妹を笑い、母を嘲う。そうじゃないのは私と美里と父くらいしかいない。他の二人にはどう見えているのか知らないが、少なくとも私にとって母は偉大な人物として右手五本の指に入るに値する。
 だって自分の命よりも、私たち二人の命よりも、一瞬限り「美」に拘った。
 何に価値を置くかなんて個人の自由だ。むやみやたらに転がり続ける地球の中で例え大多数の人間が「美」と「生命」を比較した際に「生命」を選んだとしても、どちらもとても、とてもとてもとても、刹那的なものでしかないのだから私は母を責めようとは思わない。寧ろ自分の置いた価値が、貫き通した価値観が、死して尚も嘲笑われ続けようと最後の最後まで握り締めて離さなかった精神力が、母に対する一種の敬意と羨望を強く持たせる。誇り高い事なのだと、思わせてくれる。
 まぁ……それ以降の、結局残された家族を云々という話題にもっていかれてしまうと、全くその通り過ぎて、私は反論するどころか首を縦に振りたくなってしまうけど。
 父は、私たち姉妹を自分の両親に預けながら専門学校に通った。父が専門学校を卒業した時、私たちは三歳になっていた。
 そして父は、本格的に陶芸家として仕事をする為、ひっきりなしに電車がぐるぐるぐるぐる回る模型の街から遥か遠い北に位置する小さな町に、小さな家を建てた。ただっぴろい海と小川に近い二級河川ととにかくバカでかい山しかない町の隅に、小ぢんまりとした家。
 私たちが、五歳になる数週間前の春の日だった。
 そう、丁度、冬が穏やかに存在を薄めていて、柔らかい春に包まれるように消えていく、日差しだけ優しく、寒さに目を細める、そんな淡い日のこと。
 その年は冬のくせに例年より暖かく、そしてその日は北国の三月のくせに淡雪が桜の花びらと一緒にゆらゆら優しい潮風に撫でられていたのを、今でも鮮明に覚えている。青と白と桜色はとても柔らかく私たちを三人には広いくらいの空家へと招きいれ、裏山の(うちの場合は「斜め左隣から家の裏に掛けて取り囲み山」というけったいな名前の方が相応しいのかもしれない。)腐葉土から滲む晩秋の名残は排気ガスに麻痺した鼻先を蹴飛ばして笑っていた。喉の奥がじんわりとしょっぱくて、何故かは未だにわからないけれどその景色に抱かれて、私は泣きそうになったんだ。
 コンポの電源を落として、苛立ちが収まって、少しだけ、夜更けの波の音が聞こえてきた。この家に住みはじめた時は、うるさくてうるさくて、耐えられなかった波の音だけど、目を閉じると何処かで聞いた気がする。
 美里と一緒にいた時? お父さんと三人で川の字で寝てた時?
 それとも母さんの、お腹の中にいた時?
 ああ、私はこうやって泣いて、下らないことで喧嘩して、仲直りして笑って、美里に振り回されて、お父さんに愚痴って、それでもなんだかんだいいながら生きるんだろう。生きぬくんだろう。
 美里は私を笑う。「母を理想化しすぎ」だという。
 そうかもしれない。もういない人間だから、綺麗事しか並べられない。母は今後、善行も悪行も、働く事が出来ない場所にいる。
「あの世って、本当に、よっぽど居心地が良い場所なのね」
 一週間くらい前に、美里が呟いた。悔しそうに、呟いた。
「だって、私たちが小学校を卒業しても、中学校を卒業しても、参観日だろうと誕生日だろうと、母さんは、今まで一度も来なかった」
 死んでいるから、当たり前だけれど。
 ――だから帰ってきたら教えてほしいの、私に一番に教えてほしいの――
 美里はどういう気持ちで、この歌詞を書いたんだろう。どういう気持ちで歌ったんだろう。
 波の音が聞こえる。波の音が聞こえる。波の音が聞こえる。波の音が聞こえる。
 母さんの心臓の、音に似てる気がする。

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