捌、amazing grace

 元々身体は弱い方だった。小さい頃から何回も、入退院を繰返した。それでも小中高校と通い、留年も浪人も経験した後、やっと地元の中流大学にも入った。私なりの抵抗だった。少しでも世間と対等でいたいという、あたしのやけくそな意地だった。
 大学三年生へと進級した時、あたしはちょうど、合計十五回目になる入院をした。
 その時入れられた部屋は、今までと少し違っていて、天井が高くて窓が大きくて、総合大学病院の最上階にある真っ白いホスピスだった。
 ホスピス。そこは現代医学ではどうする事も出来なくなった患者を収容する施設。
 閉ざされた窓を開こうと手を掛けた。差し込む光は明るくて、あたしは目を細める。その窓は、あたしの人差し指一本分――精々五センチしか開かなかった。
 小さい頃から夢なんて無かった。夢なんて持てなかった。持つだけ無駄だと知っていた。持つだけ虚しくなるという事を、あたしは幼い頃から知っていた。
 そのホスピスから抜け出して病院の受付の前に一日中座って、行き交う人を眺める日々。ああ、あのおじいさんも、あの松葉杖の男の子も、同じ入院患者なのだろう。右手首に名前と生年月日、血液型が書かれた水色のビニールバンドをしている。あたしにもそれはついている。ただ一つだけ違うのは、あたしのビニールバンドの色だけ、汚れ一つ無い白い事だけ。
 そうして流れていく日常に、傷付く事も悲しくなる事も無かったけれど、日に日にあたしの存在が、薄れていくのだけはわかった。初めてそれに気付いた時は、泣きたくなった。それでも涙は出なかった。

「いつも此処にいるんだ」

 話し掛けた青年の、名前を私は知らない。外来患者で込み合う待合室、私の隣に腰掛けて笑う。
 私より、いくらか年上そうだが、あまり変わらない気もした。

「出て行くのばかり見かけるから、いつか話してみたいと思ってた」

 そういう彼の右手にも、忌々しい程白いビニールバンドは残酷な程テラテラと、蛍光灯を反射して光る。それに気付いて少しだけ、あたしは顔を上げた。
希望も夢も持てないあたしに、白い光が射した気がした。

amazing grace, how sweet the sound
That saved a wretch I like me
I once was lost, but now am found
Was blind, but now I see.

‘Twas grace that taught my heart to fear
And grace my fears relieved
How precious did that grace appear
The hour I first bilieved

Through many dangers, toils,and snares
I have already come
‘Tis grace hath bought me safe thus far
And grace will lead me home

The Lord has promised good to me,
His Word y hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures.

Yea, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease,
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.

The world shall soon to ruin go,
The sun refuse to shine;
But God, who called me here below,
Shall be forever mine.

When we’ve been there ten thousand years
Bright shining as the sun
We’ve no less days to sing God’s praise
Then when we first begun

至高の恵み、貴方からの恩寵
嗚呼、なんて甘美な
暗闇の中で手探り それでも
救いのその手は差し伸べられるのね
あたしなんかにも

貴方はあたしに「怖さ」を教え
絡みつく鎖を解き放った
大いなる貴方はあたしを包み込み
あたしは信じることを始めた

多大な危険も苦悶や誘惑も
あたしは乗り越え前へと進む
恵みはあたしを包み安堵させ
お家に帰ろうと手を引いてくれる

貴方はあたしに約束してくれた
あたしはそれを信じて祈る
貴方があたしの盾になり
あたしは貴方の一部になろう
永久に。

ええ、何もかもが朽ち果て
あたしが要らなくなったとき
あたしは温かいヴェールへと包まれる
喜び、安らぎ、生命を胸に

そのうち世界が滅びても
太陽さえも消えうせても
貴方はあたしの名前を呼んでくれる
何処までも、あたしを貴方の意のままに。

永久不滅にの不変の地にて
太陽は貴方、あたしたちは共に
貴方とあたしの歌はやまない
貴方とあたしが出会った日から
永久に。

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